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高松高等裁判所 昭和43年(ネ)141号 判決 1969年4月10日

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人らは各自、控訴人高橋ミキ子に対し金一六二万円および内金一五〇万円に対する昭和四一年一二月九日から完済まで年五分の割合による金員、控訴人高橋健、同高橋千栄美に対し各金一九八万八、二一二円および各内金一八四万〇、九三七円に対する同日から完済まで同割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する(ただし、原判決五枚目裏七行目、八行目の「各一四万七、二七七円」とあるのは「各一四万七、二七五円」と訂正して引用する)。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

「(一) 訴外鈴木寛次郎は酒に酔つて漫然道路中央部を歩行していたのではない。すなわち、鈴木は、前方に自動車を認めたので、これと接触したり衝突したりすることのないように身を避けて道路中央部に出たものである。かかる場合、道路を通行する者が前方の自動車に道を譲ることは適宜の行動であるといえるから、右鈴木寛次郎に過失はない。

(二) 右鈴木寛次郎は本件当時四九歳(大正五年一二月三一日生)であつて、昭和三九年八月二八日から昭和四〇年九月二二日までの間生活保護法による扶助を受けたが、それはいわゆる五十肩により一時的に就労ができなかつたためである。同人の稼働能力そのものが絶対的に失なわれていたのではないから、蓋然性のある額にしろ、同人の稼働利益喪失の損害は算出し得る筈であつて、原審が「鈴木には本件事故による得べかりし利益の喪失はないものというべきである」と判断したのは失当である。

(三) かりに右鈴木寛次郎の逸出利益が否定さるべきであるとしても、控訴人高橋健、同高橋千栄美は、被控訴人越智の不法行為により、右鈴木寛次郎より扶養を受けるべき権利を侵害されたから、これによる損害について被控訴人らに対し賠償を求めることができる。本件事故当時控訴人鈴木健は小学五年生、同鈴木千栄美は小学一年生で無収入であつたから、少なくとも中学を卒業するまでは、鈴木寛次郎より扶養を受けなければならなかつたのである。

(四) 控訴人高橋ミキ子と鈴木寛次郎は昭和二九年一二月頃内縁関係を結び、以来久しく苦楽を共にして共同生活を営み、二人の子供まであるのである。一時の感情から短期間家を出たことを以て内縁関係の解消とみるのは相当でなく、原審が「鈴木と原告ミキ子との間の内縁関係は昭和四〇年九月ごろ解消されたものというべきである」と判断したのは失当である。

(五) かりに、控訴人高橋ミキ子と鈴木寛次郎との内縁関係が本件事故前に解消していたとしても、右鈴木の死亡により、控訴人ミキ子の控訴人健および同千栄美に対する扶養の責任が加重された。したがつて、控訴人ミキ子は、被控訴人らに対し、いわゆる「間接被害者」として、扶養の責任が加重されたことによる損害の賠償を求める。」

〔証拠関係略〕

理由

当裁判所の判断は、左に付加、訂正するほか、原審の判断と同様であるから、原判決の理由を引用する。

一、控訴人らの当審主張の(一)について。

しかし、控訴人らの主張に副うような証拠は全く存在しない。そればかりでなく、そもそも、たとえ前方に自動車を認めたとしても、その自動車を避けるため道路中央に出るというようなこと自体適当な避け方であるとはいえない。むしろ、原判決の挙示する証拠によれば、鈴木寛次郎は酒に酔い漫然と自転車を押して道路中央付近を歩行していたことを認めるに足り、右鈴木に過失があつたことが明らかである。

二、同じく(二)について。

労働者が一時的に稼働能力を失つたとしても、そのことから直ちに将来の得べかりし利益がないものと判断することの許されないこというまでもないが、原判決がそのような判断をしているのでないことは判文上明らかである。原判決が認定した事実(その認定は挙示の証拠により優に是認しうる)によると、訴外鈴木寛次郎について、将来の得べかりし利益の存在をたやすく認め難く、仮にその利益が絶無でないにしても、その数額を到底具体的に認定することができないというべきである。〔証拠略〕は、健康で勤労意慾を有し、みだりに飲酒をしない通常の労働者の給与額および生活費を示す統計であつて、本件の場合の資料とするに足りないし、当審証人木藤文吾の証言も、相当以前における右鈴木の稼働能力に関するものであつて、前記の判断を左右するに足る証拠ではない。これを要するに、鈴木の得べかりし利益の存在については、その証明がないというべきである。

三、同じく(三)について。

控訴人高橋健、同高橋千栄美が訴外鈴木寛次郎の子であることは当事者間に争いがなく、子である以上は親に対し扶養を求める権利を有する(但し〔証拠略〕によると、右控訴人らは、本件事故後に認知の裁判を得たことが認められる)が、原判決の認定した事実関係のもとでは、鈴木は控訴人らを将来十分に扶養する能力を有しなかつたと認めるほかはなく、若干の扶養が可能であつたとしても、その金額は到底証拠上明らかにすることができない。結局右控訴人らの損害(扶養請求権の侵害による損害)の証明がないことに帰し、控訴人らの主張は理由がない。

四、同じく(四)について。

原判決の挙示する証拠によると、原判決の認定したとおりの経緯で、鈴木寛次郎と控訴人高橋ミキ子との内縁関係は、本件の事故以前に解消されていたと認めることができる。〔証拠略〕中、右認定に反する部分は信用し難く、当審提出の〔証拠略〕を以てしても未だ右の認定をくつがえすに足りない。

五、同じく(五)について。

しかし、訴外鈴木の控訴人健および同千栄美に対する扶養能力の程度を具体的に判断できないこと前記のとおりであり、従つて、控訴人ミキ子の加重された扶養額(損害額)も到底明らかにすることができないから、この主張も採用できない。

六、原判決第一二枚目裏五行目の「一四万七、二七七円」とあるのは「一四万七、二七五円」と訂正する(なお損害賠償の額については、付帯控訴の申立がない本件においては、原判決が認容した金額を減ずることは許されぬところであり、原判決の認容した金額を超えて控訴人らが損害を蒙つたことを認めるべき証拠がないことに帰する)。

七、一部弁済の充当について。

本訴提起前に、被控訴人合資会社大鏡酒造部が控訴人健、同千栄美にそれぞれ金五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、その際弁済充当の指定又は格別の合意があつたことを認めるに足りる証拠はないから、右金員は、決定充当により、原判決認定の債権に充当されたと認むべきである。

以上の次第であつて、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 橘盛行 今中道信 藤原弘道)

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